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サイコロ気儘旅
B延岡城

延岡市は、宮崎県北部に位置する市で、人口約130,000人。
中心地域は宮崎県北部の中心都市としての性格を有し、
宮崎県内屈指の工業都市で、旧北方町・旧北浦町との
2006年の合併前の延岡市地域は旭化成の創業地工場群
がある、いわゆる企業城下町でした。


奈良時代・平安時代の延岡は、この地域の豪族である
”土持家”により支配されていましたが、豊臣秀吉が天
下統一を成し遂げた1590年(天正18年)秀吉の命を受
けた「高橋元種」公が延岡の地に赴任し、
延岡城は高橋元種により1603年(慶長8年)完成をしました。
その後、有馬時代が三代70年続き、その後、三浦氏・
牧野氏と藩主が変わり、1747年(延亨4年)
内藤家9代目
が現在の福島県いわき市より延岡へ入封し、第16代
政挙
まで延岡藩主を務め、明治維新を迎えるまで内藤家が
この地を治めていました。(現在は、城山公園として整備)





北大手門
城の玄関口である「大手」を守る強固な登城門です。
発掘調査や絵図等を基に平成5年に復元されました。





千人殺しの石垣
二の丸から本丸への敵の侵入を防ぐために築かれた
高さ22mの石垣です。
礎石をはずすと、石垣が崩れて千人を殺すことができる
といわれています。





内藤政挙公の銅像

延岡藩最後の藩主の像です。
維新後は文教の興隆に尽力した他、経営する銅山から
電気を引くなど、延岡の発展に力を注ぎました。
像は本丸跡から、今尚・延岡市街を見守っています。




城山の鐘
市民から「鐘守さん」と、親しみを込めて呼ばれている
ご夫婦がいます。
延岡城天守台跡の宿舎に住み、市の依頼で、朝6時
から夕方5時まで、毎日、1日6回、鐘を突いて、時を
知らせます。
毎年6月10日の時の記念日には、鐘守さんと城山の
鐘の労をねぎらい「城山鐘まつり」が開催されています。


この鐘の事を、延岡育ちの"若山牧水"も、詠んでます

なつかしき城山の鐘 鳴りいでぬ          0 
           をさなかりし日 聞きしごとくに




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